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規則で服装をしばる会社が二流のワケ。うるさい規則は逆効果?

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規則はなぜ必要か?

みなさんは、規則と聞いて何をイメージしますか?社内の就業規則?学校の校則?

 

規則とは、教科書的には、このように定められています。

 

規則(きそく、ルールとも言う)とは、人の従うべき準則であり、主に文章によって規定されたものをいう。なお、規則に定められたものを原則(げんそく)、または本則(ほんそく)とも呼ばれ、規則に規定されていない事項については例外(れいがい)と称される。

 

(Wikipediaより引用)

 

 

「人の従うべきルールを文書化したもの」と要約できるでしょうか。

 

つまり、見方を変えれば、「人として当たり前と考えられるものを明示して指示したもの」です。

 

こう聞いてどう思いますか?

 

もちろん、必要だ、というのも正当な理由があります。

一方で、「それっているの?」と思われた方もいるかもしれません。むしろ、詳細なルール(細則)を決めすぎると柔軟な対応ができなくなるリスクもあります。

 

仕事でも良く見るのがこんなケース。

Aさん:「なんでこの仕事ってこんな方法でやってるの?」

Bさん:「うちでは前からそういうルールだから」

 

全然ロジカルじゃありませんね。

 

ルールは上手く活用すれば良いですが、細かくルールを定めることで「ルールを守ることが目的」のようになっているケースがあります。

(大切なのは、なぜそのルールが必要か?という趣旨なのですが)

 

規則と規律は別物?!

規則については先ほど説明したとおりです。

では、規律とは何でしょうか?

 

規律とは、漢字を分解すると「規準に基づいて行為を律すること」です。

 

つまり単純なルールとは異なるとも解釈できます。

 

規則と規律を読み替えると、

 

規則:準にること

規律:準に基づいて行為をすること

 

似ているようで違うと思いませんか?

個人的には、規則はルールの通りに従うこと、規律はルールをベースにして自分を律して倫理的に行動すること、という風に漢字を見ると感じるものです。

 

有名な著書『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』では、このような表現があります。

 

ほとんどの企業は 、ごく少数 、バスに紛れ込んだ不適切な人たちを管理するために 、官僚的な規則を作る 。すると 、適切な人たちがバスを降りるようになり 、不適切な人たちの比率が高まる 。すると 、規律の欠如と無能力という問題を補うために 、官僚制度を強化しなければならなくなる 。すると 、適切な人たちがさらに去っていく 。まさに悪循環になるのだ 。

 

 

 

これを読んでどう感じますか?

 

僕が感じたのは、「適切な人をチームに選んでいれば、官僚的な細かい細則はいらない。なぜ細かいルールが必要かと言うと、自分の頭で考えて生産性を高められない意識の低い人や、能力が不足している人でも極力均質なパフォーマンスを出してリスクを減らして上手く働いてもらうためにはルールを作らざるを得ない状況になっている事実がある。そうすることで何が起きるかと言うと、要領がよく、意識や能力の高い優秀な人材が細かいルールが窮屈で会社を去ってしまう。」ということ。

 

社内によくわからない非効率なルールはありませんか?

「ルールだから」「ずっとそうしてきたから」「社会人として」という根拠の乏しいルールであれば今一度見直してみることで組織力が上がるかもしれませんし、本当に大切なことが見えてくるかもしれません。

 

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www.wankorokun.com

 

 

規則で服装をしばる学校・会社

 最近のベンチャー系の企業では、特に内勤の場合はスーツも不要としているところも増えていますね。

年中クールビズや年中ビジネスカジュアルOKといった会社も増えています。

一昔前であれば、スーツにネクタイが当たり前。という風習がありましたが(社風の古い昔からある日系企業では今もそういった会社があるのは事実です)。

ある程度節度を保って入れば服装はなんでもOKとなると楽なんですよね。

例えば夏はTシャツで仕事をすれば肩も凝らないし、外を歩いてもスーツと比べると暑すぎて体力が奪われることも減るでしょう。

 

一方で、「ここぞ」という場面や、大事な商談の場面などはビシッとしたスーツを着用して綺麗に磨いた革靴で行けば良いと思うのです。

毎日律儀にスーツを着ていても、毎日同じスーツを着て革靴もすり減っていてスーツもシワだらけ。。。そんなことになるぐらいなら普段は私服で、必要な場面できちっとスーツを着た方がマシなような気もしますね。

どこまでがOKかわからないよ?という議論が出てくるので、統一してスーツと規則づけておくことで失敗するリスクが減らせるということなのでしょうが、ちょっとレベルの低い思考停止の議論ですよね。

このあたりは賛否両論ありそうです。

 

学校もそうですね。

  • 耳と眉毛に髪の毛がかからないこと
  • 学ランのボタンとフックは全部つけること
  • 学ランの下のTシャツは無地(シャツ出し禁止)
  • スニーカーの線は1色まで
  • 決められた制服で登校
  • 長髪・パーマ禁止

これは一概にダメとはいいませんし、もちろん学校側も敏感になっている「格差」や「いじめの原因」となる要因をできるだけ減らすように統一していることもあるのでしょう。

 

ただこれも極論を言えば、「非常識なことをする奴を防ぐ」目的という意味合いが多いように思いますよね。

つまり、もしも学校に来る生徒が皆意識が高く、思いやりがあって、勉強熱心で、周りとうまくやっていける優秀な子どもたちばかりだったら極論そこまでルールをつくらなくても上手く楽しく学校生活を過ごせる可能性だってあるわけです。

でも「皆がそう単純ではない」という理由もあって、複雑な大人の事情で統一した超細かいルールがあります。

 

この点、私立になると、学校側が主体である程度入学者を選定できる要素があるため、高校でも服装が自由だったり(入学式などの催事のみ制服着用義務など)、髪型も自由だったりするわけです。

先生ではなく生徒自身が自治をして「自分で考える」習慣を色んな形で再現している好例だと思います。

「自由」には「責任」が付いて回ります。つまり、「自分で責任をとるから自由にさせてあげるよ」という楽なようで厳しい現実を生徒自身に与えてあげている、とも考えられるのです。

 

会社の話に戻ると、ベンチャー企業は当初は同じ目的意識をもった少人数でビジネスを始めます。目指す方向が同じだから、細かいルールをそこまで決めなくても、自由に責任をもって、各々がやるべき仕事をして、最大限のパフォーマンスを出そうとしてくれるでしょう。しかも「当たり前に」です。

 

現実的には難しい部分も沢山あると思いますが、皆がこの状態(ルールがなくても自らやるべきことが分かっている状態)になれるような組織は一流になれるのではないでしょうか?

 

一方で、働く人を信用せず、なんでもかんでもルールで縛ってリスク回避ばかりしている後ろ向きな組織はやっぱり二流止まりな気がします。

 

 

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